カモメの写真

海に行ってきました。
そして、カモメの写真を撮ってきたところ。
空がきれいに晴れていて、カモメは気持ち良く飛んでいるようで。
私はそれを下から見ていたの。
私はそれほど人に嫉妬心を抱かない方だと思っています。
きれいな服を着ている人も、たくさんお金を使う人も、大きなお家に住んでいる人も、特に羨ましいとは思わないの。
特に何にも持っていないけど、自分の今の場所や立場が好きだから。
自分の欲しいもの以外は、あってもジャマだし、自分が管理できる以上の場所はかえって気苦労も多そうだし。
だけど、だけどね、
たった一人だけ、会うたびに羨ましく感じる人がいるのです。
他の誰にもかき乱されない私の平常心が、その人に会うだけで細波立つのです。
ああ、なんて理想的な、素敵な暮らしぶりだろう。
変わり者過ぎるぐらいのその人の、自分の好みだけで生きているその感じが羨ましすぎる。
その人に比べると、東京湾の夜景を一望できる部屋に住んでいるお金持ちも羨ましくない。
ついさっき気付いたの。
このことに。
世界中で1人だけ、心から羨ましい。
毎晩遅くまで世界陸上を見ていた。
スポーツの世界って、実力があればそれでいいわけでなのだけど。
強い人はただ強くて、それで感動するのだけれど。
実力があって、かつ美しい人の輝きったら、まぶしいほど。
女子棒高飛びのイシンバエワの光り具合は、テニスのシャラポワ以上。
テレビで見てても後光が射してた。
一瞬で高く飛ぶという競技のせいもあるのかな。
それにしても
ブブカもそうだったけど、競技会のたびに1cmずつ世界記録を更新していくという、
チマチマとしたやり方はどうだろう?
もううろ覚えだけど、この本で印象的だったところ。
末期がんで検査入院に行く途中、タクシーの運転手に「どなたかのお見舞いですか?」と聞かれたという話。
あいまいにハイなどと答えたあとで、本当にそうならいいのにと思ったというくだり。
対岸の火事のように、人の病気を気の毒そうに眺めていられる立場だったらよかったのにと。
読んでいてすごく切なかった。
と同時に、私は今、対岸の火事のような気持ちでこの本を読んでいるけれど、いつ同じ立場になるか分からないんだな、と思った。
イラクの自爆テロの新種として動物を使ったものがあると新聞で読んだ。
犬やロバ。
犬の胴体に爆弾を巻き付けて歩かせたり、ロバに爆弾車を引かせたり。
自分の命を犠牲にしても、という心意気が自爆テロの真髄なのだと思ってた。
爆発の後に犬だけ死んでいた、なんて、ある意味ちょっとかっこ悪い。
命が惜しくなったのかな。
それとも自爆テロをやるような人が皆やってしまって、幹部しかいなくなったのかな。
アメリカがお金で兵士ロボットを作っても、追い詰められたものは思わぬ対抗策を考え付くもの。
戦争って、ほんとにキリがない。
新聞の、両親を殺してしまった15歳の少年の記事に目が止まった。
事件後、映画「バッドマン・リターンズ」を見に行って、その後草津温泉に行ったという話。
そういえばあのサカキバラ君も、事件当日の夜、やけに明るく母親と話をしたそう。
この2人の行動に共通するものは、やっぱり開放感なんだろうな。
破滅的な方向に、一線を越えることによって得られる開放感。
いつかやろうと思っていたことを、実行した時に得られる開放感。
もちろんそれは一瞬なのだけど、確かにある種の明るさを持っていると、感じる。
少年犯罪って、やっぱりどこか切ない。親殺し以外は許せないけど。
自分の子供に殺されたら、もう、それはしょうがないなと思うしかないでしょ。

昨日下町のお祭りに出かけて、昼間から缶チューハイ一缶でいい気分になって、帰って昼寝して起きて読みかけの本を読んだ。「32歳ガン漂流エヴァリューション」。
「31歳ガン漂流」を読んでからの、密かな熱烈なファンで、カッコイイ人だなあ、と思っていた。
読み終わって、著者のホームページをチェックしたら、ショック。
この人はなんとなく、死なないんじゃないかと思ってた。
ずっとカッコイイ闘病記を書いて欲しかった。淡々と何歳までも。
闘病記って好きじゃないけど、この人のだけは好きだったな。
これから、「ヴァニシング・ポイント」を読む予定。
最近とんと映画館に行けてない。
1ヶ月前に半年振りぐらいに行ったきり。
学生で独身の頃、マメに映画館に通えたのは、あれはあの時だけのことだったんだなあ。
就職したり、結婚して家庭が出来たりしたら、あんなふうに気ままに過ごせなくなるのは、思えば当然なことだけど、あの時はそんなことに全く気付いていなかったな。
暇つぶしに行き当たりばったりの映画を見たり、2本はしごしたり、混雑するからって早めに行って並んだり。
そういうことは、ずっと続くんだと思ってた。
たとえ私が変わらなくっても、遊び友達が変わっていく。
それぞれ結婚したり、子供が出来たりで、「今日はもう遅いから泊まってく?」なんてことはもはや皆無。
いや、べつに、今がイヤで昔が良かったって思っているんじゃなくて、状況っていうのは変わっていくもんなんだなあって実感しているだけ。
ずっと同じってことはないのだから、今できる今やりたいことを全部やりたい。
きっと私の今のそれは育児だと思う。
子供たちの一生懸命な毎日は、本当にドラマチックだ。
小学低学年生の、自分のことしか考えていないわがままっぷりは、爽やかでさえある。
そのくせ妙に義理人情に厚かったりする。
純粋ていうのはこういうことかな、なんて、扉の影から眺めているような子育てがしたい。
そしてばあちゃんになったら、また、映画三昧の日々を送ろう。
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