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2008年12月 1日 (月)

実行委員会もありました。

 通常なら「実行委員会がありました。」というタイトルになるべきでしょうが、11月は季節がいいのか、あれやこれやと用事があって、一日たりともゆっくりブログの更新などできなかったため、まとめて日記風に報告します。

 11月22日23日 家族温泉ツアーに行ってきました。場所は群馬の四万温泉。こどもに紅葉を見せたかったのですが、なかなか良い日程が組めず、ほとんど終わっていました。かろうじてモミジが赤く染まっていました。

  温泉については、源泉かけ流しで、加温、加水なしで、自然湧出で、湯船に直接湧き出でいれば最高でしょうが、ムリなので、今回は「加水あり」だがその他の条件はクリアしているようなところにいってきました。

 もともと生き物は「生命力」によって還元していて、若いうちは活発に還元していますが、やがて還元力の衰えとともに、酸化してきて、十分なエネルギーを循環させることがでくなくなる。これを「老化」といいます。ただの酸化ならまだよいのですが、活性の高い酸素による酸化は、体がダメージをうけ、それがまた老化を促進する。のだそう。

 温泉水は、地中の酸素の少ないところにあったため、空気にふれたとたん酸化するのですが、もしそのときじぶんの体にふれてくれれば、体のほうは還元するような気がして、そしてその反応は、ミネラルが多いほど(鉱物のほうが水より不安定?)効果があるような気がして、ありがたがって温泉に浸かります。

 しかしながらマイナスイオンとおなじで、この反応があるとしても、正確に測ったり検証することはまず不可能なので、「信じるものは救われる」です。でも陶芸家は、還元をかけている窯の近くにいれば、温泉より効果があったりして。

 小学生の娘などは、温泉に入り過ぎて、皮膚のところどころが負けてしまい、赤くなっているのに、「温泉、気持ちよかった。ものたりないよ、また行きたい。」だって。このひと大きくなったら「健康のためなら死んでもいい。」なんて言い出すタイプ?

 11月24日 出版記念パーティー

 いつもお世話になっている「つくる陶磁郎」の、入澤美時編集長が本を出したというので、お祝いにいってきました。場所は筑波山の麓の、氏の別荘というか自宅。古民家を買って、再生したのだそうで、以前、朝日新聞にデカデカと紹介されていたので、興味のあるかたは「六所の家」で、検索してみてください。

 つくばエクスプレスで、筑波へ行ったのははじめてでした。この電車は開業当初から「各駅停車もはしるだろうに、なんでわざわざエクスプレスなんだろ?」と疑問でしたが、その疑問は実際に乗ってみて解決しました。秋葉原と筑波という、オタクとかマニアといわれる人の乗車率が高そうなこの電車は、たしかに早い。そして各車両ごとに数人づつ、パソコン開けてる人がいて、乗客の知能テストをしたら、この路線、いいところにいくはず。

 私は勝手に「広軌のような狭軌」というコピーを付けさせていただきました。が、ちょっとマニアックなため、解説。

 鉄道には、線路の幅によって、おもに広軌と狭軌に区別されています。日本では、ほとんどの鉄道が狭軌。つまり狭いほうをつかっています。広いほうが、たくさん運べて、スピードが出せて、乗り心地が良いのですが、建設費もかさむ。世界的には広軌のほうがおおく、アメリカ、ヨーロッパ、中国、インドも広軌がほとんど。

 戦後、早く復興するため、狭軌にしたようですが、私はこれを戦後最大のミスだったのでは?と考えていました。新幹線は広軌ですから、もし広軌にしていれば、もういちど新幹線網を作りなおすなんて、しなくてすんだはず。

 ところが、そういう問題を技術力というオタクの力で解決してしまったかのように感じました。まるで新幹線にのっているかのような乗り心地とスピードで、あっという間に筑波山の麓にすべりこみました。

 駅から小型マイクロバスで、ピストン輸送。のはずが、なかなか人が集まらない。それもそのはずで、駅から会場まで、30分かかるのだそう。ピストンのストロークが1時間じゃねえ。つくばエクスプレスという「理系」の世界と、出版という「文系」の世界が、交錯していていました。

 私たちの乗ったマイクロバスが、ガードレールをコスルという、アクシデント。車から降りた文化人の皆さんが、「あーあ。20万」「いやいや、ドアだけじゃないもの。40」「内側からたたくだけでしょ。15万だな。」と、それぞれ値踏みしていたのが、おかしかったです。

 おいしい酒と、手作りの料理を堪能して、有意義な1日でした。

 11月25日 東日本伝統工芸展実行委員会。

 この日は、第49回東日本伝統工芸展の実行委員会が行われました。この展覧会は、日本工芸会東日本支部の会員が、実際には運営しているわけですが、東京都教育委員会や新聞社。会場となるデパートなどからも、実行委員という形で、出ていただいておりますので、今回は支部の幹事(自動的に実行委員)に加えて、他の委員の方も揃っての会議です。

 また地方展の担当者や、会場となるデパートさんとの打ち合わせは、実質この日しかチャンスがありませんので、各会場の担当者とも、時間ギリギリまで、打ち合わせをしておりました。

 中には、そのあとも泡の出る飲み物を前に、打ち合わせの続きをしたり、さらに銀座へくりだして打ち合わせするひともいたようですが、私は早めに失礼しました。なぜなら。

 11月26日27日28日 北海道で取材

 会報の「春号」に、歳時記という記事があって、この取材のため、北海道へ出発。経費削減のため、ネットで調べた最安値ツアー。往復の飛行機と札幌市内のホテル一泊がついて、なんと17800円。不安もありましたが、結果的には何の問題もなく行ってこれました。

 しかしながら、激安ツアーのため、飛行機の便は選べず、早朝6時に家をでました。羽田空港で搭乗を待っていると、今回のホスト役をかって出てくれた大野耕太郎さんから電話。「明日、1日で3か所まわる予定だったけど、どうも天気が崩れそうなんですよ。できれば、今日中に、ひとつ行ってしまいたいのだけど、予定は?」こういうとき土地勘がないというのはなさけないことで、「何時に行けます」なんて言えないので、「おまかせします。」「それではこの特急に乗ってください。ぼくは今日は抜けられないので、家内が案内します。」

 あまりにも申し訳ない。雪でも嵐でも、別に構わないのに、と思いながら新千歳空港に降り立つと、気温マイナス5度だった。やはり天気は大事。この気温で嵐なら、東京もんは命を落とす危険あり。

 前日、大野さんからのメッセージを、配偶者から伝えられていて「大野さんから電話があったよ。特急カモイに乗るんだって」ハテ?そんな特急あったかしら?

 札幌駅で待っていたのは特急カムイでした。

 目的地まで、ほんの30分程度の旅ですが、北上する函館本線は、江別を過ぎるころから銀世界となり、大野さんの奥様に長靴をあてがわれ、新雪を踏みしめながらの取材となりました。この日は、やはり経費削減のため、大野さんの御自宅、兼工房、兼ギャラリー、兼お店(週末だけの喫茶店)に泊めていただき、温泉まで連れて行ってもらったのでした。

 次の日は札幌市内へもどり、2か所の取材。心配された天気も私の心がけが良いためか、それほど大崩れせず、無事終わりかけたころ、どこからともなく北海道研究会の有志が現れ、「すすきの」へと拉致されていくのでした。

 陶芸の西村和さん。北側智浩さん。そして木竹工の村木さん。と私で乾杯。アルコールがすすむにつれ、過去のパイトの話になり、北川さんが「宅配便で、仕分けのバイトをしたことがあるんです。そこで感じたんですけど、陶磁器を送るときに『陶器』って書きますよね。あれあんまり意味が無いんです。そもそも『陶器』を知らない人も多いですから。その点『ガラス』は効果ありますね。大事に扱わなきゃって気持ちになる。でも、だからといって陶器に『ガラス』って書くと、本当に事故がおこったときに、問題になりますから、『ガラス質の陶器』って書くのが良い。ウソではないし、大切にされますよ。」・・・なるほどね。

 たのしい時は早く過ぎるものの、皆さん時間を気にしている様子が無い。札幌の終電って遅いのかしら?と時計を見れば、まだ10時。終電が遅いわけではなく、始まりが早いのでした。この時期の札幌は、3時には日が陰り始め、3時半には街灯が灯り、4時を過ぎればもう暗くなる。おかげで〆のラーメンを、ビールとともにゆっくり食べられました。

 夜が来るのが遅い沖縄の人は、遅くまで飲んでいるけれども、早く飲み始めることができる北海道も、これはこれで幸せなところです。なんだかんだと取材の合間に7杯のラーメンを食べました。そのなかでは「凡の風」というお店に、緊張感を感じました。

 11月29日 三の酉

 今年の酉の市は、三の酉までありました。酉の日は12日に一度ですから、「11月の酉の日」は、たいてい2回ですが、ときたま3回ある年があります。ことしはたまたまそうでした。それでは熊手屋の売上が1.5倍になるか?というとそうでもなく、本来2回に分けてくるお客様が、3回に分けてくるので、出店のコストなど考えると、業者にとってオイシイことではないのだそう。とくにここ何年か、関西系の露天が増えてきていて、そのたびに大阪あたりからくるのだそう。作家の個展と同じで、交通費って大変だよね。と同情していました。ところが・・

 蓋を開けてみれば、今年の三の酉は40年ぶりの人出だそうで、ピークには鳳神社の境内に入るのに、2時間待ちだったそうです。夜10時すぎてから出かけて行きましたが、我が家の前は路上駐車場と化し、「弱気の仕入れ」の露店は売るものが無くなり、「五平餅屋」が隣の店からイカ焼きを委託されて焼いていたり、ドネルサンドの店も売り切れとなるも、売り切れたのはパンだけで、中身の肉は残っていて、具だけをツマミとして販売していました。(どういう計算で仕入れしたのか?)

 一通り冷やかしてまわって、最後に「広島お好み焼き」の店を発見。「どこから来たの?」と尋ねると「葛飾」だそうで、それでもおいしそうに見えたので、注文すると、「焼けるまで待っててね。」

 しばらくして焼けたように見えたので、「もう食べられる」と思いましたが、「これは予約」だそうで、どこからともなく「予約」のお客さんが取りに来る。またしばし待つことに。

 「今日みたいに混んでる日は、小麦粉を固く溶く人はいるよ。はやく焼けるから。火が通ったらすぐに売っちゃう人もいる。なかのキャベツなんかまだ生だけどね。オレはやらないよ。こうやってじっくり蒸してやるとキャベツも甘くなってうまいんだ。はいどうぞ。」うん。なるほど。たしかに旨い気がする。こうやってこだわって作って、他との差別化を謀っているわけだね。参考になるなあ。ところで「料理、詳しいんだね。経験あるの?」

 「あるよ。居酒屋もやったし、お好み焼き屋もやったよ。どっちもつぶしちゃったけどね。」・・・うーん。やっぱり参考になるなあ。あまりこだわるのもどうかと?

 人出があった原因は、土曜日で、そんなに寒くなく、テレビ番組で、3回取り上げられたから。だそうで、宣伝は大事です。

 

 

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